氷厘亭氷泉の活動やラクガキをいろいろお届けしているブログです。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
ぐるぐるぐるぐるいかりのうずまき。「なのかまきぶち」さんです。
![なのかまきぶち 七日巻淵](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/65b15eed6c7c3941d4c642540d329365/1691729057)
ぐるぐるぐるぐるいかりのうずまき。「なのかまきぶち」さんです。
紀伊の国の牟婁郡にある淵で、渦がはげしい魔所として
筏(いかだ)流しのひとびとから恐れられたといいます。
「七日巻の瀬」とも。
筏(いかだ)流しのひとびとから恐れられたといいます。
「七日巻の瀬」とも。
飛鉢峰に庵を結んでた専念上人という高僧がおり、
その僧侶が山からおろして来た鉢のなかへ、
ふざけて古草鞋(ふるわらじ)を投げ込んだ筏師がいて、その直後に
この淵で7日間も渦に巻かれて脱出することが出来なかった
ということが名前の由来だとされてます。
その僧侶が山からおろして来た鉢のなかへ、
ふざけて古草鞋(ふるわらじ)を投げ込んだ筏師がいて、その直後に
この淵で7日間も渦に巻かれて脱出することが出来なかった
ということが名前の由来だとされてます。
『続紀伊風土記』(巻81)などに載ってるはなしですが、
伝説を紹介する本によっては「恵」念上人と文字が入れ違って書かれてたりもします。
伝説を紹介する本によっては「恵」念上人と文字が入れ違って書かれてたりもします。
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ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
浄土にゆくのをやめてまで、「たちばなのむし」さんです。
![たちばなのむし 橘の虫](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/65b15eed6c7c3941d4c642540d329365/1691551436)
浄土にゆくのをやめてまで、「たちばなのむし」さんです。
橘(たちばな)の木の実を喰い荒らしてしまう
白くて小さな虫たち。
白くて小さな虫たち。
病気で臥せってた老尼が、となりの僧侶の家にあった
大きな橘の木の実を分けて欲しいと願いましたが、
ことわられてしまったことから、「橘をはみつくす虫とならん」と
怒りのうちに亡くなりました。
老尼は死後に虫と変じてその僧侶の家の橘の実に大量に現われたため、
ついに僧侶は橘の木を伐り倒してしまったソウナ。
大きな橘の木の実を分けて欲しいと願いましたが、
ことわられてしまったことから、「橘をはみつくす虫とならん」と
怒りのうちに亡くなりました。
老尼は死後に虫と変じてその僧侶の家の橘の実に大量に現われたため、
ついに僧侶は橘の木を伐り倒してしまったソウナ。
『発心集』(巻8)や『三国伝記』(巻3)に記されてるはなしにみられるもの。
特に地名は記載されてませんが、『三国伝記』のほうだと播磨の国のことだとされてます。
特に地名は記載されてませんが、『三国伝記』のほうだと播磨の国のことだとされてます。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
海底より。「うみのそこのもうじゃ」さんです。
![うみのそこのもうじゃ 海の底の亡者](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/65b15eed6c7c3941d4c642540d329365/1691468210)
海底より。「うみのそこのもうじゃ」さんです。
おぼれて海の底に沈んでしまった死者の亡霊たちで、
貝などを採るために深い海にもぐって来たひとびとがこれを見たり、
これに足をつかまれて引っぱられたりすることがあるといいます。
貝などを採るために深い海にもぐって来たひとびとがこれを見たり、
これに足をつかまれて引っぱられたりすることがあるといいます。
越後の出雲崎などで語られてたもので、
海底が深く谷のようになってる場所は「まがりかね」などの呼ばれ方をしており、
もともと危険な場所だと言われてます。
海底が深く谷のようになってる場所は「まがりかね」などの呼ばれ方をしており、
もともと危険な場所だと言われてます。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
ブラッディフィールド。「ししのち」さんです。
![ししのち 宍の血](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/65b15eed6c7c3941d4c642540d329365/1690950650)
ブラッディフィールド。「ししのち」さんです。
播磨の国の雲潤(うるみ)の里にいる「おおみずのかみ」は、
獣たちの血を利用してつくられる田んぼを持ってたらしい、というもの。
獣たちの血を利用してつくられる田んぼを持ってたらしい、というもの。
『播磨国風土記』に記されてるはなしに
「宍[しし]の血以て佃[たづく]る故に河の水を欲せず」などと出て来ており、
水の代わりに血を用いてるのだろうかと考えられますが、
用水開発に反対する太水神のことばのなかに出て来るだけなので、
太水神が実際にどのように血を利用する想定なのかについては不明瞭です。
「宍[しし]の血以て佃[たづく]る故に河の水を欲せず」などと出て来ており、
水の代わりに血を用いてるのだろうかと考えられますが、
用水開発に反対する太水神のことばのなかに出て来るだけなので、
太水神が実際にどのように血を利用する想定なのかについては不明瞭です。
稲作についての古い説話には、猪鹿の血肉と関連させるものがあることはあるので、
そことの関係は何かしらある描写のようでもあります。
そことの関係は何かしらある描写のようでもあります。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
山田野理夫生誕101周年記念月間、31日のおおづめは「ひがしのうみのなみ」さんです。
![ひがしのうみのなみ 東の海の波](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/65b15eed6c7c3941d4c642540d329365/1690785499)
東の海にいた波で、神代のむかし常陸の国に
天照大御神(あまてらすおおみかみ)がおくだりになったときに
奏でた、たのしい曲を聴いて「はははははははははは」と咲いながら
よろこび寄って来たといいます。
山田野理夫生誕101周年記念月間、31日のおおづめは「ひがしのうみのなみ」さんです。
東の海にいた波で、神代のむかし常陸の国に
天照大御神(あまてらすおおみかみ)がおくだりになったときに
奏でた、たのしい曲を聴いて「はははははははははは」と咲いながら
よろこび寄って来たといいます。
波が咲いながら寄って来たことから、
天照大御神が琴を奏でた山は「付く波」(筑波)と呼ばれるようになり、
そのままそこへ居ついた波が「霞ヶ浦」になったのだソウナ。
天照大御神が琴を奏でた山は「付く波」(筑波)と呼ばれるようになり、
そのままそこへ居ついた波が「霞ヶ浦」になったのだソウナ。
山田野理夫『お笑い文庫 しくじった笑い神』の
「アマテラスオオミカミの琴」に書かれてるもの。
『詞林采葉抄』に書かれてる註釈などにみられる筑波の語源のはなし
――あるいはそれをモトにした「なみ」尽くしの小噺が
したじきになってると考えられます。
「アマテラスオオミカミの琴」に書かれてるもの。
『詞林采葉抄』に書かれてる註釈などにみられる筑波の語源のはなし
――あるいはそれをモトにした「なみ」尽くしの小噺が
したじきになってると考えられます。
『詞林采葉抄』では、天照大御神は水波曲(すいはのきょく)を弾いたことになってますが、
野理夫は曲名については特に言及してません。
野理夫は曲名については特に言及してません。
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■雅号
氷厘亭氷泉(こおりんてい ひょーせん)
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■職業
イラストレーター
絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
山田の歴史を語る会 同人
新・妖怪党 党しゅ
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