氷厘亭氷泉の活動やラクガキをいろいろお届けしているブログです。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
海の神さまのおひめさま。「わたつみのむすめ」さんです。

海の神さまのおひめさま。「わたつみのむすめ」さんです。
むかし、下総に流れ着いた「まるきぶね」に入ってたというめがみさまで、
海上郡の外川で漁師の妻に助けられました。
お腹の子供と共に、夫である神をたずねる旅の途中、
嵐にあって漂着したそうで、
外川や桜井の村人たちに手助けされて、男の赤ちゃんを産んだといいます。
海上郡の外川で漁師の妻に助けられました。
お腹の子供と共に、夫である神をたずねる旅の途中、
嵐にあって漂着したそうで、
外川や桜井の村人たちに手助けされて、男の赤ちゃんを産んだといいます。
海の神のむすめであると名乗っており、
玉依姫(たまよりひめ)だと考えられてます。
玉依姫(たまよりひめ)だと考えられてます。
香取郡の東大神(玉子大明神)は、この女神をまつっており、
そこから高見浦(外川)の浜辺まで神輿を長距離渡して行く祭礼には、
女神を助けたひとびとが祭礼に深く関わってます。
そこから高見浦(外川)の浜辺まで神輿を長距離渡して行く祭礼には、
女神を助けたひとびとが祭礼に深く関わってます。
海の女神が舟に乗って流れて来るかたちは
土佐の国の「おわんのごぜんさま」(お椀の御前様)などにもみられます。
土佐の国の「おわんのごぜんさま」(お椀の御前様)などにもみられます。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
うずらぶねでどんぶっこ。「ふじのごぜん」さんです。

蛇責めにされるはなしの展開も、各地に広くあるものです。
うずらぶねでどんぶっこ。「ふじのごぜん」さんです。
むかし、四国に流れ着いた「うずらぶね」(うつぼぶね)に入ってたという
美しいおひめさまで、伊予の国の北条にとどまって、
絹の織物をつくって暮らしてました。
美しいおひめさまで、伊予の国の北条にとどまって、
絹の織物をつくって暮らしてました。
狩りに出てた殿様が、たまたまそのすがたを目にして
無理に屋敷へ連れ帰ったのですが、決して意に添おうとしなかったので、
蛇を大量につめ込んだ樽(たる)のなかに御前を入れて殺してしまいました。
無理に屋敷へ連れ帰ったのですが、決して意に添おうとしなかったので、
蛇を大量につめ込んだ樽(たる)のなかに御前を入れて殺してしまいました。
翌年、御前のたたりで殿様は落馬して亡くなり、
村々にも流行り病が広がりました。
御前の霊は藤ノ御前神社としてまつられ、流行り病もなくなったそうです。
村々にも流行り病が広がりました。
御前の霊は藤ノ御前神社としてまつられ、流行り病もなくなったそうです。
蛇責めにされるはなしの展開も、各地に広くあるものです。
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つきかえされちゃう、うつろ舟。「わきやごぜんさま」さんです。

つきかえされちゃう、うつろ舟。「わきやごぜんさま」さんです。
むかし、四国に流れ着いた「うつろぎぶね」に入ってたというおひめさまで、
土佐の国の幡多郡の沖の島でひとびとに引き上げられましたが、
再度ふたをとじられ海に突き返されてしまいました。
土佐の国の幡多郡の沖の島でひとびとに引き上げられましたが、
再度ふたをとじられ海に突き返されてしまいました。
数日後、わきや御前は屍となって網にかかり、
それから島では魚がまったく捕れなくなってしまったといいます。
沖の島のひとびとは、うらないを行なって
おひめさまの屍を神社を建ててまつったところ、再び魚は捕れるようになったソウナ。
それから島では魚がまったく捕れなくなってしまったといいます。
沖の島のひとびとは、うらないを行なって
おひめさまの屍を神社を建ててまつったところ、再び魚は捕れるようになったソウナ。
このおひめさまは帝の皇女で、
重い病にかかってしまったことから流されたと語られてました。
鴨姫神社と呼ばれて、特に女性を病からまもってくれたといわれてます。
重い病にかかってしまったことから流されたと語られてました。
鴨姫神社と呼ばれて、特に女性を病からまもってくれたといわれてます。
鴨姫神社という社号は、島のひとびとが海に押し戻した直後に、
舟の上に鴨(かも)が1羽とまってたことが由来してるようです。
舟の上に鴨(かも)が1羽とまってたことが由来してるようです。
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おふねでどんぶらこ。「しゅくじさま」です。

『赤岡村史』では、「しゅくじ」に「式子」という文字をあててる他に、
「しゅくじ」は「夙」[しゅく]・「しゅく神」の意味ではないかとの解説をつけてもいます。
おふねでどんぶらこ。「しゅくじさま」です。
むかし、四国に流れ着いた「うつぼぶね」に入ってたというおひめさまで、
土佐の国の赤岡浦でひとびとに助けられました。
重い病にかかってしまったことから流されたそうで、
村人たちに看護されつつ数日後に亡くなったといいます。
土佐の国の赤岡浦でひとびとに助けられました。
重い病にかかってしまったことから流されたそうで、
村人たちに看護されつつ数日後に亡くなったといいます。
この人物は御所にいた美宜子姫(みきこひめ)というおひめさまで、
あまりにも美しかったことから嫉妬(ねたみ)の念を
ほかの者たちから受けて悪疾にされてしまったそうで、
美宜子大明神としてまつられ、ひとびとを病からまもってくれたといわれてます。
あまりにも美しかったことから嫉妬(ねたみ)の念を
ほかの者たちから受けて悪疾にされてしまったそうで、
美宜子大明神としてまつられ、ひとびとを病からまもってくれたといわれてます。
美宜子神社についてのはなしとして伝えられてるものですが
「美宜子」は帝のお后であったとも、帝の皇女であったとも語られてるようで
一定ではありません。「うつぼぶね」についても
「つづらぶね」「くりぶね」だとも語られてます。
「美宜子」は帝のお后であったとも、帝の皇女であったとも語られてるようで
一定ではありません。「うつぼぶね」についても
「つづらぶね」「くりぶね」だとも語られてます。
『赤岡村史』では、「しゅくじ」に「式子」という文字をあててる他に、
「しゅくじ」は「夙」[しゅく]・「しゅく神」の意味ではないかとの解説をつけてもいます。
プロフィール
■雅号
氷厘亭氷泉(こおりんてい ひょーせん)
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■職業
イラストレーター
絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
山田の歴史を語る会 同人
新・妖怪党 党しゅ
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