氷厘亭氷泉の活動やラクガキをいろいろお届けしているブログです。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
黒い煙に火の玉に。「まえだせいのすけ」さんです。

黒い煙に火の玉に。「まえだせいのすけ」さんです。
加賀騒動で悪玉方が擁立しようとしてた前田家の若君で、
お貞の方(おていのかた)の息子にあたります。
事件の処分後は真昌寺に幽閉されつづけてました。
この前田勢之助の忿怒の念から生じた火の玉が飛び出して、
宝暦9年(1759)4月10日に金沢で起きた大火の原因になったとされ、
「勢之助のたたり」だと俗に語られてたといいます。
加賀騒動で知られてたはなしで、
金沢の大火の原因になったとされるうわさは『北雪美談金沢実記』を通じて読まれ、
『徳川十五代記』などでも広く語られてました。
前田勢之助利和は、実際は
宝暦9年2月23日あるいは3月23日に亡くなってて、講釈などにあるように
4月10日に黒い煙をあげて憤死したというわけではないようです。
お貞の方(おていのかた)の息子にあたります。
事件の処分後は真昌寺に幽閉されつづけてました。
この前田勢之助の忿怒の念から生じた火の玉が飛び出して、
宝暦9年(1759)4月10日に金沢で起きた大火の原因になったとされ、
「勢之助のたたり」だと俗に語られてたといいます。
加賀騒動で知られてたはなしで、
金沢の大火の原因になったとされるうわさは『北雪美談金沢実記』を通じて読まれ、
『徳川十五代記』などでも広く語られてました。
前田勢之助利和は、実際は
宝暦9年2月23日あるいは3月23日に亡くなってて、講釈などにあるように
4月10日に黒い煙をあげて憤死したというわけではないようです。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
こちらも金沢の火事のモト。「とやまのにんちょう」さんです。

征伐されたときに大きな火の玉が出て来て、
金沢のお城も巻き込む大火が起こったなどとされます。
越中の放生津(ほうじょうづ)から四方(よかた)の海域に出たとされ、
体の大きさは3丈5尺4寸ほど。
こちらも金沢の火事のモト。「とやまのにんちょう」さんです。
人間の顔をしてる大きな魚で、
漁をさまたげて人々を困らせてたので、
鉄砲隊によって征伐されたとされます。
漁をさまたげて人々を困らせてたので、
鉄砲隊によって征伐されたとされます。
征伐されたときに大きな火の玉が出て来て、
金沢のお城も巻き込む大火が起こったなどとされます。
越中の放生津(ほうじょうづ)から四方(よかた)の海域に出たとされ、
体の大きさは3丈5尺4寸ほど。
宝暦9年(1759)に出た「人魚」の浮説で、
宝暦7年(1757)にも「とやまのにんぎょ」(富山の人魚)のはなしがあることからも、
この年に実際にそういうものが越中の海で征伐されたわけではないことがうかがえます。
金沢で火事になったという展開が大きめに組み込まれてる箇所が
宝暦9年のはなしの特徴のようで、前後のものにこの部分は出て来ないようです。
宝暦9年4月10日に金沢で大火が起きたこと自体は事実なので、
「とやまのりゅうぎょ」(富山の竜魚)と同様に
加賀騒動の「お貞の方」(おていのかた)や「浅尾」(あさお)みたいな存在の亡魂が
この魚になったという部分も含め、加賀騒動をからめた「金沢の大火のうわさ」を
「人魚」に組み込んだものだと見られます。
宝暦7年(1757)にも「とやまのにんぎょ」(富山の人魚)のはなしがあることからも、
この年に実際にそういうものが越中の海で征伐されたわけではないことがうかがえます。
金沢で火事になったという展開が大きめに組み込まれてる箇所が
宝暦9年のはなしの特徴のようで、前後のものにこの部分は出て来ないようです。
宝暦9年4月10日に金沢で大火が起きたこと自体は事実なので、
「とやまのりゅうぎょ」(富山の竜魚)と同様に
加賀騒動の「お貞の方」(おていのかた)や「浅尾」(あさお)みたいな存在の亡魂が
この魚になったという部分も含め、加賀騒動をからめた「金沢の大火のうわさ」を
「人魚」に組み込んだものだと見られます。
ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
加賀騒動なやつ。「とやまのりゅうぎょ」さんです。

金沢で火事になったという展開が
大きめに組み込まれてる箇所が宝暦9年のはなしの特徴のようで、
前後のものにこの部分は出て来ないようです。
加賀騒動なやつ。「とやまのりゅうぎょ」さんです。
人間の顔をしてる大きな魚で、
前田家の殿様を毒殺した側室が処刑され、
その亡魂がこの魚(人魚・竜魚)になりました。
漁をさまたげて人々を困らせてたので、
鉄砲隊によって征伐されたとされます。
金沢城下に運ばれて、解体されるときに
おなかから火炎が出て来て、お城も巻き込む大火が起こったなどとされます。
越中の放生津(ほうじょうづ)から四方(よかた)の海域に出たとされ、
体の大きさは1丈5尺4寸ほど。
前田家の殿様を毒殺した側室が処刑され、
その亡魂がこの魚(人魚・竜魚)になりました。
漁をさまたげて人々を困らせてたので、
鉄砲隊によって征伐されたとされます。
金沢城下に運ばれて、解体されるときに
おなかから火炎が出て来て、お城も巻き込む大火が起こったなどとされます。
越中の放生津(ほうじょうづ)から四方(よかた)の海域に出たとされ、
体の大きさは1丈5尺4寸ほど。
宝暦9年(1759)に出た「人魚」の浮説で、
宝暦7年(1757)にも「とやまのにんぎょ」(富山の人魚)のはなしがあることからも、
この年に実際にそういうものが越中の海で
征伐されたわけではないことがうかがえます。
宝暦7年(1757)にも「とやまのにんぎょ」(富山の人魚)のはなしがあることからも、
この年に実際にそういうものが越中の海で
征伐されたわけではないことがうかがえます。
金沢で火事になったという展開が
大きめに組み込まれてる箇所が宝暦9年のはなしの特徴のようで、
前後のものにこの部分は出て来ないようです。
宝暦9年4月10日に金沢で大火が起きたこと自体は事実なので、
加賀騒動の「お貞の方」(おていのかた)や「浅尾」(あさお)みたいな存在の亡魂が
この魚になったという部分も含め、加賀騒動をからめた「金沢の大火のうわさ」を
「人魚」に組み込んだものだと見られます。
加賀騒動の「お貞の方」(おていのかた)や「浅尾」(あさお)みたいな存在の亡魂が
この魚になったという部分も含め、加賀騒動をからめた「金沢の大火のうわさ」を
「人魚」に組み込んだものだと見られます。
プロフィール
■雅号
氷厘亭氷泉(こおりんてい ひょーせん)
■ホームページ
■職業
イラストレーター
絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
山田の歴史を語る会 同人
新・妖怪党 党しゅ
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