新・妖怪党プレゼンツオフ怪 in 鎌倉 の道中記のつづき、スタートです☆
鎌倉の坂道小径もなんのその
銭洗い弁天でのお参りを済ませた怪人衆は
「おもいおもいに自身で決めた数(ランダム)を発しつつ点呼を取る」とか
「じつくり良く見て数えてみたらアタマカズが3、4人増えてる」とかいった
適当な人数での移動に関するテケトーなギャグを発しつつ
出入り口になっている洞穴を潜り抜け、どんどん進んで参ります。
佐助の地から小町通りへと進む途中
左手側にあったカフェ?らしきお店の店先に出してある看板の裏に
シュールな筆致で人物が描かれているのをひょーせんが発見したりしたのですが
その看板に描かれていたのが、お茶を飲んでいるふたりのオッサン(幹事説)だったのか
お茶を飲んでいるオバサンとオジサン(姐御説)だったのかは
実はよくおぼえていないので判然しません。(歩きながらでしたし……)
写真に撮ると【ひじき】みたいに見える(?笑)空飛ぶ鳥の影を頭の上に見つつ
鎌倉の中心線若宮大路を横断し、鎌倉彫やキラリと光る刀剣のお店を横目に
(某武器好きなお方は正面に見据えておりましたが?)向かう次の目的地は
今回の鎌倉の道中中(いいづらい)もっとも「怖い」とウワサされていた場所、
新田義貞の軍勢に破れて華を散らした鎌倉幕府の執権
北條高時公の眠っている「やぐら」でございます。
「やぐら」というのは(七狐さんが解説なさってましたが)
山肌にしつらえた横穴につくられた鎌倉独特のお墓の形式。
ビクビクしながら(怪人一部)お参りをして(怪人一統)
本日の晴天と無事を感謝いたします。なむなむなむ。
★★★
高時公の「やぐら」へと向かう途中にある滑川は
最明寺入道(北条時頼)のもとで辣腕をふるった名裁判官として有名な
青砥左衛門尉藤綱(あおとさえもんのじょうふじつな)が
オカネの落し物をしたコトでも知られている川。
この川の近くで撮影されたのが某所にて掲載されている
「鎌倉」の「鎌」の文字の刻印が入っているマンホールのフタです。(笑)
さて、いよいよ鎌倉を巡るこの日の怪道中の最終地点
鎌倉の真ン中奥に聳え立つ鶴岡八幡宮でございます☆
一番はじめに目に付くのは大きな鳥居。
その上に白い鳥が居るのを見つけて「ツル!!」という大向こうも入りましたが
あれは「サギ」です、「シラサギ」☆(笑)
源平池をサラリと見渡し、参道を進んで行くと、怪人さん達は
『鉄道唱歌』の鎌倉のところでも出てくる、公暁(くぎょう)が隠れていたイチョウの木やら、
門の両脇に控えている像やら、たくさん奉納されている絵馬やら、
果ては舞殿の左奥にズラッと積んである酒樽の群れやらをシゲシゲ。
また、この日はお宮の中で結婚式が執り行われたりもしており、
笙や竜笛の音が流れて来て、お社の荘厳さに拍車をかけたりしておりました☆
ご朱印帳をおともに従えている怪人さん御一行も
御朱印(岡の字の篆体が面白い)を頂きおえ、
鎌倉の怪道中の目的地を無事全部めぐりおわったのは
おやつの時刻も過ぎて空が薄紫色がかって来た頃でした。
★★★
怪人達によるオフ怪の行程に組み込まれているお宮で
オフ怪当日、結婚式に出会う確率は高い(?)ようで
先年、催されたオフ怪でも、結婚式に遭遇したことがあるそうな。
さて、鎌倉での道中を大満喫した怪人一行は
関東圏以外からの参加者の宿泊施設や帰途の便を考慮して選定された
打ち上げの地横浜中華街へと向かいます。
もう、今年各地で何回建設されたのか実数の掴めない(←ただの計測怠慢)
スネタワー(スネコスリのタワーの略)
も、モチロン恒例儀式のひとつとして
ここ、中華な地にて建立されました。(呵呵)
ちなみに、お店での怪食中
もっとも、ひょーせんの印象に残ったのは、
義弟分のイジラレっぷり(いい意味での)と、
七狐幹事の提出した、
「みそしるが附属してイイのか!?」という議題でした。
もともとは「酢豚の中にパイナポーが入ってるのはナゼ!?」
とかいう話題が別にあって、そこからポコンとむかごみたいに発生したのですが
議論の最後の方では 「クリームシチューにフランスパン!!? セレブだ!!!!!」
などの「みそしる」から別の方向へフライトしてしまった意見も出て
よくわからんうちに消滅してしまった、と、ひょーせんの右脳は記憶して居ります。
食卓上のいろんな献立に付く「みそしる」がアリかナシか判定している姿は
怪しい以外のナニモノではなかったと思われます。(しかも、なんか建立してる 笑)
ああ、こうしてオフ怪の日の夜は更けつづけ、
その後、無事に散怪となったのでありました。
めでたしめでたし。
★★★
義妹分が隣国から持ち帰ってきた
舶来品「蛹(さなぎ)の缶詰食品」が
この日、最後に口に入れたタベモノだった、
という怪人さんが果たして何人いたのかなぁ、
――と考察しつつ、ご報告をおわんぬ☆
新・妖怪党プレゼンツオフ怪 in 鎌倉 の道中記をば
ご披露させていただきまする☆
さっそくですが、鎌倉幕府の最寄り駅「鎌倉駅」の前でございます。
ここが今怪の集合場所&スタート地点です。
今怪の参加怪人さんは総員14名のつぶぞろい。
お米でいうなら「一粒一粒手作業で選別して、更に検査機械にかけました」 と、言ったレベル。
(応募〆切までが早過ぎて参加出来なかった怪人さんも居られました、次こそは!是非!)
集合時には、よく食物の献上が行われたりします(前怪の京都あたりから恒例化?)
今怪もオフ怪の運営部隊・七狐組の七狐サン製作による「ダッチョサブレ」をはじめ、
おせんべいや亥の子のお餅などなど、もろもろの献上+しおり配りが済んで、やっとスタートです。
まずは江ノ電に乗り込んで極楽寺へと向かいます♪
★★★
今怪は「オフ怪のしおり」の表紙と裏表紙が色摺りになったり
にゃがいもサンのイラストによる【静御前】のポストカードが附録に付いたり、と新案沢山でした☆
(↑宛名書き面に居る「ろうそく」のお化けがキャワイイ……)
ひょーせんは、いままで何度も鎌倉へ遊びに行ったり、
江ノ電に乗ったりしていましたが、大抵、行楽シーズンとはズレていたので、
この日の車内の大混雑振りには少しビックリでござんした。
行楽シーズンなんだね。
と、押し寿司みたいに揉まれるうちに駅は極楽寺。
白浪五人男のお芝居の中だと弁天小僧が最後にセップクするのが
ここの山門、という舞台設定になったりもしておりますが、
その昔はかなり広範囲な伽藍をもったお寺で、施薬院など色々の施設もあったんだソウナ。
怪人さん達のなかには、さっそく旅のおとも「朱印帳」を取り出して
お寺の御朱印をいただいてる方も多数おられました♪
そういえば、今怪のオフ怪は
氷厘亭氷泉・緑酔洞山葵・崇道院早良の3人組
「氷酔院」(ひょうすいいん)のメンバーがはじめて
リアルで顔合わせをした、という
記念碑現象も発生致しました☆
(実際住居している場所がそれぞれ離れているので
いままで同時に集まる機会が発生しませんでした。)
なお、この「氷酔院」には
あともうひとり、3人をぶっ貫く「串」という役目の
怪人さんも居られるのですが、
残念ながら今怪は不参加。
次の目標は「氷酔院」+「串」ですかな。
……ちょっと怖いですが(笑笑笑)
さて、帰りの江ノ電もギュウギュウ詰め。
極楽寺から鎌倉へと舞い戻り、これからは徒歩コース、
鎌倉時代の人と同じ歩調で巡り歩きます。
あたまのサイズで有名な(?)征夷大将軍
源頼朝公に運を授けてくれたという言い伝えのある
鎌倉随一の神様へとおまいりです。
山の上にある社殿へと登って行く階段には
朱の華表と奉納幟、そしてときどき狐の対の石像。
山の上の上にある本殿の左脇の山肌には
いい具合に寂びている祠がたくさんあって
独特の雰囲気を醸しておりました。
★★★
左の画は、その祠の前に立っていた
お狐さんの陶像のひとつ。
お顔つきが、やや、他の方より印象派。
「佐助稲荷」からひと山ぐるりと越えますと
名高い「銭洗い弁天」の入り口が見える急な坂道に突入です。
ここも、また大変な人出。怪人さん達の十数倍ある参詣客がごった返している中、
各々サイフから貨幣や紙幣を取り出して、
境内の洞窟にしつらえてある洗い場で、ザルを片手にシャワランランと洗滌です。
★★★
そのむかし『グレコ・ひょーせんの大日本紀行』で書いた事もありますが
「佐助稲荷」あたりの山では野生なリスが多数、ちょろちょろ顔を出したりして
キャワイイのですが、今回は途中の民家の生垣などに数匹その姿を発見した程度で
大量に拝むことは出来ませんでした。むむむ。少し口惜し(笑)
あ、一部の怪人さん達の間では鎌倉のここらへんの地名【佐助】が
銀座の鳩居堂前の土地並に人気急上昇しておりました。
道中はまだ半分あたりですが、
かなり縦長になって参りましたので、
ここらで一旦CMです☆
11月の土曜日、ということだけあって
青梅の妖怪本舗の近くの道にも
七五三の家族連れとおぼしき往来が数組、歩いておられました。
さてさて、毎回のご報告が、只の写真鏡だけでは詰まらないので今回は、
当日、用意してある墨が寒さ or 暖房の影響で悪くなってしまわないよう
合間合間に描き連ねていたひょーせんのそぞろ描きをご紹介☆
題名を仮に附けるとしたらば
「件乳しぼり in シンバシ牧場」
と、いった具合でしょうか。
顔が人みたい、だと言われている妖怪
くだん(件)さんの人面顔が午後11時ごろ
新橋で発見できそうな人面顔になっちょります。
「件乳」とはそのもの即ち「件」の「ミルク」ですが、
この牧場で毎朝搾乳されて出荷されてるモノは
あまり定期購入したくありませんナ(苦笑)
レンゲのおばけ「きちれんげ」さんが
コタツの上でお鍋をこしらえて
ハフホフ食している風景でございます。
こちらは現地で既に着色済み。
画材の発色具合を見るために
小さい色つきの画を描いたりもします。
ハイ。
←この画の「たぬき」さんの茶色が
やや、若干かすれているのが
おわかりになったでしょうか?
(アンビリ○ボー風味)
そろそろ新しいのを買っておかないといけません、茶色、茶色……と。めもめもめも。
なお、今月の「和漢百魅缶」の連続興行のなかでアップした
オリジナルおばけさんの1体、ちくわぶの「わぶわぶ」は、
上に挙げた2作同様、この【怪蓆娯然】最中のそぞろ描きで産ぶ声を発しました。
青梅の妖怪本舗さんでの席画ワークショップが
今月より第3土曜日に移りましてございます。
と、いうわけで今月の
【氷厘亭氷泉 怪蓆娯然】(かいせきごぜん)は
〔11月17日〕開催です☆
ミニ色紙や葉書サイズの和紙などに、
その場でイラストを描きおろして販売させていただきます、
『和漢百魅缶』に収録されてるおばけさん達のリクエストも、
バリバリお受けいたします♪
また、イラストカードには新作(下写真)も加わりました。
お立ち寄りの際は、どうぞ宜しうに☆
にちじ■2007年11月17日 AM11:00~PM4:30 ごろ
ばしょ■山口敏太郎の妖怪本舗
青梅市住江町52(キネマ通り)JR青梅駅より徒歩5分くらい
ひょーせんが永らくお勉強しているもうひとつの分野「戯文」を特集してみます☆
こちらは、魯文シショーが創刊した新聞紙 『いろは新聞』の
第1440号(明治17年9月21日)のなかにある記事です。
まぁ、こういうカンジの文章が当時、新聞に載っていた、
というフンイキを味わってくださいませ。
★[]の中身は、原典にあるよみがなです。
もともとは全部にふりがながありますが、とりあえず無塚しいものへダケ附属★
○巷説[うはさ]の彙信[よせぶみ]
道路の流説だの巷閭[こうりょ]の風聞だのとは新聞記者の常套語[もんきりがた]だが
斯[かう]いふ濶[ひろ]い標題[みだし]を置けば
何事でもツイ一寸[ちょっ]と書込める重宝な思着きサ抔[など]とハ飛だ自製[てまへ]味噌
からいも有れば酸も甘いも五目種[ごもくだね]の椎茸[しひたけ]干瓢[かんぺう]
ごッた煮の鍋のうち孰[どれ]でもお好み撰取[よりどり]みどり
サア御覧[ごらう]じろ御覧じろ
烏森[からすもり]の丸本お俊[まるもとおしゅん]妓[こ]ハ
先日伯父[おじ]さんがお死亡[めでたく]なッた時に
妾[わたし]も此の土地で新三河[しんみかは]新吉時分から久しく売た名義[なまへ]もあり
殊[こと]に俳優衆[やくしやしう]も喰飽[たべあ]きて
関取株の力士[おすまふ]とも華麗[はで]な浮名の立[たつ]た身で
唯[たつ]た一人の伯父の不幸に夜明前の差荷[さしにな]ひ
其様[そん]な吝[けち]な葬式も出せないからと両肌脱[りやうはだぬぎ]の大奮発[おほはりこみ]で
大層に金を掛け岩倉様以来復[また]と無い立派な葬礼を出したとやら
ウラ町での噂でござい
サテ其次[そのつぎ]は新富河岸[しんとみがし]での立[たち]ばなし
菊五郎[おとはや]の弟子の登美松[とみまつ]は
近来めッきりと芸道の上達デハナイ
服装[みなり]がズット立派に成り洋服拵[ごしら]へも幾通りか
携具[もちもの]までも吟味を尽して何処[どこ]の茶屋小屋へ入ッても
決して履物へ灸を据られる処[どころ]か下へも置ぬ取扱ひ
那[あ]の容態でハ余程[よつぽど]の好貢人[いいみつぎて]があると見へる
ハテ何人[だれ]だらう
其次[そのつぎ]ハまた新橋日吉町の流行妓[はやりつこ]よし田屋の山登[やまと]は
浮名の歌妓[うたひめ]の新聞と新富の音頭舞踊[をどり]このかた頓[にはか]に売出し
日本橋から引越てより土着[はちぬき]の名妓[ねへさん]も及ばぬ程の忙がしさ
今度新富座の忠臣鏡[ちうしんかがみ]の劇場[しばい]にも御座敷筋と自前とで
都合三四度見物したが其の度毎に楽屋中不残[のこらず]へ遣ひ物の鮨[すし]の代が
例[いつ]も小十円とは華麗[はで]稼業の芸妓[げいしや]には珍しからぬことながら
名を売る人は兎角[とかく]黄白[ものしろ]のキリ離れが肝腎[かんじん]
サテ終結[どんぢり]ハ些[ち]と怪談見えた寥味[すごみ]な噺[はな]し
何でも江戸の真中橋[まんなかばし]辺へ毎夜[よなよな]青い燐火が燃立ち
時計台の家[や]の棟[むね]を飜然[ひらひら]と飛廻ると
近処[きんじよ]の噂を記者ハ笑ッて其様[そん]なことが有るものか
其[それ]とも十六日の炎暑[あつさ]に息吹返した蛍殿[ほたるどの]が
往来[ゆきき]の人の便利の為に丑満比[うしみつごろ]の刻限を見せる気で
車胤[しやいん]の読書摸擬[もどき]で長短針の在処[ありどころ]を
明瞭[はつきり]と照らしたのか但しハ何か仔細らしい話なら探ッた上で又お通知[しらせ]
今[も]一ッお増計[まけ]に或人[あるひと]が郵便函を題にして
迂鳴[うなり]たてた都々逸[どどいつ]に
入れりゃ直[すぐ]いく新聞投書
やれば出すのが記者の役
★補注
【岩倉様】岩倉具視。【黄白】おかねのコト。【車胤】蛍の光りで勉強をした例の偉人。
★色んな街の噂情報をずらーーーっと並べ立てたこちらの記事。
普通だったら細かく見出しがついて、1個1個掲載される形が普通なのですが
なぜか、ひとつの見出しの中にゴチャっと詰め込まれています(笑)
かいつまんでみると、芸者さんや歌舞伎役者さんの噂+不思議なおばけの話題で、
魯文シショーなどの戯作者出身の新聞屋さん達がターゲットにしていた
ごひいき筋の好む材料がおのずと見えて参りまスネ。
明治になっても、おおよそ20~30年代ころまでは
こういった傾向の記事主体の新聞が、一般の街のひとびとに好まれていたようです。
シャツのデザインを早速作って、先々日おろかにも自ら着たりしたのですが(笑)
毎度以上の脱力ぶりだった+余り細かく観る人も居なかったであろうので、
その全貌を、ここにアップしておきます。
ガラクタをまさに拾っているシーン。
ちなみに、背中のしょいカゴの中身の文字列は、
どうせならという事で「ガラクタ以外のガラづくし」をやってのけました。
(いちばん字が細かくてつぶれているのは「細川ガラシャ」)
また背面には、こんなかんじの文字も入れました。→→→
(「晩閑散」の字義は、ぐーぐるなどで引くと
本日現在は、首位に検索されたりします(苦笑))
あまりにも急ごしらえで製作したので
文字まわりは全部ありあわせで造ったのですが
それなりに面白く出来たのでよかったです。
つねになにかをチョコチョコと描きつらねております。
ほとんど、無意識か意識不明に近い状態で描いているので
(旧知の一名、丸亭羅次郎曰く
「黙って画ぇ描いてるとき、いつも同じ顔してる」 とのコト)
線の強弱肥痩、色面の豪淡黒白は、ややボヤついていますが
たまに、へんなものが生まれたりもします。
……と、申しますより、ひょーせんの描き出している
ちッちゃいキャラの約3分の2くらいのキャラデザインは
ほとんど、そういったボンヤリらくがきタイムに生じています。
この前の【氷厘亭氷泉 怪蓆娯然】にても
短冊を描き終わったあと、
お昼どきに多少、手に火間(笑)が出来たので
「筆と硯とがネトネトガチガチに乾燥しないように」
という、理由をつけてガーーーッと大量に描いたりしておりました(笑)
本日あげましたのは、その「ネトネトガチガチ対策」の時の1葉に描いた「バッ○マン」でございます。
似てないにもほどがある!
先の金曜日こと10月19日にまたまた青梅で開催させていただきました
【氷厘亭氷泉 怪蓆娯然】(かいせきごぜん) の
ご報告を、またまたチョロっとさせていただきます。
今回は、招き看板(コルクボード)にプラスして
あらたに製造されたオリジナルおばけ
「かりは」のぬいぐるみが
看板役になっておりました☆
本当は9月の時にも、看板役として
出張る予定だったのですが
前回は少々時間が足りなくて……(苦笑)
今回が皆様の御前へ
初お目見えとなりました次第であります☆
ぺこり。
今月はこの【怪蓆娯然】イベントの前後に
いろいろと事が累なってあたふたしておりましたので
書き下ろしの短冊2本は
当日、現場の設営が出来た後、
机の上で下書き~骨描き~彩色までこなして完成させました。
――上の短冊は
「狸怪在山寺 啖囓旨饅頭」
(たぬきさんじにあり
くらうまんじゅうあまし)
「化け狸」さんがお寺の堂宇に
化け這入って
蓮花の下にお供えしてあった
お饅頭を、パクっとかじっている
姿を描いたもので
丸い窓で画面を構成したのは
画狂人や暁斎センセイの
「茂林寺の狸」の画を
意識しています。
――下の短冊は、「大入道渡河」(おおにゅうどう かわをわたる)
身長膨大な「大入道」さんが転ばぬ先の杖を片手に、河をジャボジャボ渡っているのを描いたもので
写真版には収まりきれていませんが、下の方には、「大入道」の下がった帯に喰らいついている
フィッシュボーンが描き込まれております♪
今回は、某所でよくおしゃべりを繰り広げております怪人さん数名が
わざわざ遠路を駈け抜けお越しくださるなど、
以前より、また一層増しての盛況ぶりでございました。(平伏)
来月は、第3土曜日に開催されます予定でございます☆
どうぞご寸暇ございましたらば、ご来駕のほど、願い上げたてまつりまする。
繁机につき、少し間が空いてしまいましたが
先月の21日に青梅で開催させていただきました
【氷厘亭氷泉 怪蓆娯然】(かいせきごぜん) の
様子を写真版を混ぜ込みましてご報告☆
【怪蓆娯然】の招き看板(コルクボードに貼付け)と、
前日に描き下ろした短冊2品とが表看板。
――左側の短冊は
「大江山買出」
(おおえやまかいだし)
「鬼」さんがネギやらお肉やら
晩の宴の肴の材料を買い込んで来た様子の画。
月の色がいいかんじに仕上がりました。
――右側の短冊は
「狐仙冠鬼骨拾穐」
(こせんかむる きこつしゅうしゅう)
「化け狐」さんが頭蓋骨を頭にかぶって
これを、うまーーーく落とさぬように
化け術の修行をしてる図ですが
すこし、頑張り過ぎなご様子で、ガイコツが三ッ。
31のトリプルアイスみたいになってます。
右下のほうに、少しみえづらいですがイラストカードの束もございます。
ちなみに、会場となりました「妖怪本舗」のありかは以下のごとし。
ほぼ、いっぽんみちでございますのでお立ち寄りの際は
「野槌」どんに吸い込まれたりしない限り迷わないと思います♪
ひょーせんオリジナルおばけ「えびなまず」と
妖怪本舗の看板妖怪(?)
「からかさおばけ」さんのツーショット。バシャ☆
右上は、会場で即筆された色紙いろいろ。
学校がえりの小学生がお店の中をのぞいていってくれたりもしました。
さきほどの色紙のイラストの中では、「河童」や「化け狸」
アイスをかじってる「海坊主」さんなどが人気を博しておりました☆
「妖怪本舗」の中には
いろいろな妖怪グッズや
書籍をはじめ
←こういったカンジの
駄菓子屋さんグッズも
陳列されております。
高峰和才シショーのような
博士が驚いてる
パッケージが妙に
ひょーせんの物欲しゴコロを
刺戟しておりました。
今月も、第3金曜日に開催予定でございますが、
それ以後は開催日時が変更となる場合がございます。(ぺこり)
青梅の妖怪本舗さんの軒楹をお借りしまして、
氷厘亭氷泉の席画ワークショップ
【氷厘亭氷泉 怪蓆娯然】(かいせきごぜん)を開催させて頂きます☆
ミニ色紙や葉書サイズの和紙などに、
その場でイラストを描きおろして販売させていただきます、
もちろん、『和漢百魅缶』に収録されてるおばけさん達のリクエストも、
ジャンスカお受けいたします♪
新しく描き下ろした妖怪さんたッぷりイラストも
ポストカードサイズにして販売いたしますので
お立ち寄りの際は、どうぞ宜しうに☆
にちじ■2007年9月21日 AM11:00~PM4:30 ごろ
ばしょ■山口敏太郎の妖怪本舗
青梅市住江町52(キネマ通り)JR青梅駅より徒歩5分くらい
『きゃうと』
全弐冊 紙数凡六百頁 最上和紙 名所古跡図画四十余枚挿入(諸名家筆) 着色木版
製本寸法竪六寸横四寸 優美なる和風 正価金八拾銭市外逓送料金六銭
(名所と美術の案内)
●本書は京都名所(江州及び丹波等之名勝も添ふ)本邦美術(京都神社仏閣に蔵する什宝を記し東洋一般の美術に及ぶ)を内外人に指示するに在り
●本書〔第一編〕には京都史。皇居史。美術史。を掲げ〔第二編〕には京都市内及び近傍の名所〔第三編〕には遠方の名所〔第四編〕には絵画。彫刻。漆髹。陶器等の沿革由来を示し次に各美術家の伝を記したり〔第五編〕には滊車。人力車。電気車。旅亭。料理店。郵便電信。通運会社。銀行及び諸会社。諸工場等をあげ凡そ遊覧者に必要と認むる雑事は細大洩さず此編に収めたり。
本書の特色
古今有名なる人の詩歌を加へて雅興をまし歴史文学に関する條には古今の典籍に徴して解説を附言し工芸美術に係はる所は亦詳細にその伝を添へ以て学者美術家の便を計りたり。
本書の特色
京洛有名の画伯が得意の揮毫に係る名所風色の画図四拾葉余りを書中に挿入したれば先生の名文と相俟て紙上に一層の光彩を添へたり加之懇に傍訓をさへ附られたれば児童も亦能く之を読みて其楽みに与る事を得千里の遠きに居るも山光水色を目のあたり見る心地せらるべし要するに繁に流れず簡に失せず高きに傾かず鄙しきに陥らずして花実共に備るは世に名所案内記多しと雖も蓋し本書の右に出るものなかるまじ四方の諸君幸に一本を購ふて其実を知り給へ
発行所 京都寺町通四条上ル書林 田中治兵衛
★明治28年4月10日
絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
山田の歴史を語る会 同人
新・妖怪党 党しゅ
Logo:Cyusonzi Ryunosuke
Design:O-Onigami Georgenomikoto
2008 新・妖怪党
Logo:Koorintei Hyousen
YoukaitoLogo:Cyusonzi Ryunosuke
Design:O-Onigami Georgenomikoto
2008 新・妖怪党
Logo:Koorintei Hyousen
YoukaitoLogo:Cyusonzi Ryunosuke
Design:O-Onigami Georgenomikoto
2008 新・妖怪党
Logo:Koorintei Hyousen
YoukaitoLogo:Cyusonzi Ryunosuke
Design:O-Onigami Georgenomikoto
2008 新・妖怪党
