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氷厘亭氷泉の活動やラクガキをいろいろお届けしているブログです。
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山中古洞シショーの画が目当てで購入した『文芸倶楽部』が数冊
ひょーせんの仕事部屋の書棚には入っていますが
(『黙阿弥全集』の手前にドサッと無造作置きされてます)

その中(第八巻一号……明治35年1月1日発行)の後ろっかたのページに、
こんな募集要綱記事が載っております。


諸国奇談の投書を募る

『諸国奇談』は例へば○土佐の犬神○越後の七不思議○筑紫の不知火○多くの田舎に在る狐憑狸憑○古寺社又は古跡に就ての不思議なる話○名物に就ての面白き話し○奇妙なる動植鉱物○浮島、人穴、天狗の音楽などに就ての話しの類○地方に於ける種々の怪談等なるが、此外にも面白き話あらば、『二十行二十字詰、総振仮名』の原稿にてドシドシ御投書願ひたし次号より続々掲載仕るべし。尤も探撿者に便利なるやう。其里程等をも記されたし。



地方などからの報告記事を募集している文なのですが、ここに見られる「例の羅列」から
当時(明治35年)のひとびとがドウイッタモノを「奇談」という括りで見ていたかが
うかがえますかと存じます。

奇談」と見聞きすると矢鱈に怖いものジャとか妙なものジャとか
一方的に思われる方が多いのですが、
早い話が「ものめずらしいハナシ」というのが本性の意味なので、
そこらへんを捉え違えると往古の人の感性を取り違える場合があります。

古い図書を渉猟する際にはこのように語句の持つニュアンスが
現代に近付くにつれて狭小&別化してしまっている場合が多いので
(ex.…狭小=遭難。別化=当時。)注意が必要デスゾ、皆の衆。

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ひょーせんは中学高校の頃、長唄やら常磐津やら竹本…といった
三味線音楽をききまくっていたため
現在もかなりの割合でその手の音楽を聴いたりしております。

と、いう関係からで
三味線ものの有名な節、「都々逸」(どどいつ)の文句の古いところを
チョイチョイと取り集めたりもしております。


と、いうわけで本日は、
明治の頃に出ていた『人情世界』という雑誌に載っていた
南天居美禄シショーの撰による「都々逸」の文句をズラリとトッテダシ。





南天居美禄宗匠選   題/青いもの一切

秀迄十印
人目を隠した実有ならば浮名漏すな青簾れ
ひとめをかくした じつあるならば うきなもらすな あおすだれ/北越 春翠
青い畳を敷ての披露添て二人の新世帯
あおいたたみを しいてのひろう そえてふたりの しんぜたい/野月庵美誠
待夜気に成彼の雨蛙空も白々くもる胸
まつよきになる あのあまがえる そらもしらじら くもるむね/立川 窓竹
主の遠出を思た泪強い山葵で味の出る
ぬしのとおでを おもったなみだ つよいわさびで あじのでる/天城本志仙
鏡見る度尚増苦労此頃窶れた顔のいろ
かがみみるたび なおますくろう このごろやつれた かおのいろ/森 知賀人
思有実の根を洗はれて主の囲に成万年青
おもいあるみの ねをあらわれて ぬしのかこいに あるおもと/三三亭六曲
摘艸帰に思ず主に逢て嫁菜を出してなぞ
つみくさがえりに おもわずぬしに おうてよめなを だしてなぞ/桜霞
人目兼々アノ青梅は葉裏がくれの愛らしい
ひとめかねがね あのあおうめは はうらがくれの あいらしい/亀田楼金人
逢れぬ其夜は青菜に塩と萎る私の耻しい
あわれぬそのよは あおなにしおと しおれるわたしの はずかしい/亀田楼大淀
もゆる思のまだ若艸は色も緑の恥かしさ
もゆるおもいの まだわかくさは いろもみどりの はずかしさ/風廼家皇風
山家育の山葵も今日は妻と云れて膳の上
やまがそだちの わさびもきょうは つまといわれて ぜんのうえ/千足屋魚交
譬へ千艸の根なりと分て添にゃ済ない嫁艸
たとえちぐさの ねなりとわけて そわにゃすまない よめなぐさ/調子や喜八

再考十五印
刷て落た眉毛の痕も共に世帯も青同士
すっておとした まゆげのあとも ともにせたいも あおどうし/雪天居美瓏


添た嬉い身にゃ一天の憂の雲ない空の色
そうたうれしい みにゃいってんの うれいのくもない そらのいろ/春栄山人


軒に荵もつられて憂や待間涙の雨が降る
のきにしのぶも つられてうしや まつまなみだの あめがふる/鷹亭


蚊帳は狭くも二人が嬉広さ喞たひとりより
かやはせまくも ふたりはうれしい ひろさかこった ひとりより/田舎子


眉の痕迄畳の色に似もの夫婦と呼れ度い
まゆのあとまで たたみのいろに にたものふうふと よばれたい/南天居美禄





では、氷厘亭氷泉も「青いもの一切」をお題にとって、ひとつ、、、、

鍋の兜をかぶってポキリ葉と茎だいなし大根武者
なべのかぶとを かぶってぽきり はとくきだいなし だいこむしゃ

あ、これは別の場所でも使うはずの文句でした(笑)
本日は仮名垣魯文シショーのご命日でございますので、
ひょーせんが永らくお勉強しているもうひとつの分野「戯文」を特集してみます☆

こちらは、魯文シショーが創刊した新聞紙 『いろは新聞』の
第1440号(明治17年9月21日)のなかにある記事です。
まぁ、こういうカンジの文章が当時、新聞に載っていた、
というフンイキを味わってくださいませ。

★[]の中身は、原典にあるよみがなです。
もともとは全部にふりがながありますが、とりあえず無塚しいものへダケ附属★



○巷説[うはさ]の彙信[よせぶみ]

道路の流説だの巷閭[こうりょ]の風聞だのとは新聞記者の常套語[もんきりがた]だが
[かう]いふ濶[ひろ]い標題[みだし]を置けば
何事でもツイ一寸[ちょっ]と書込める重宝な思着きサ抔[など]とハ飛だ自製[てまへ]味噌
からいも有れば酸も甘いも五目種[ごもくだね]の椎茸[しひたけ]干瓢[かんぺう]
ごッた煮の鍋のうち孰[どれ]でもお好み撰取[よりどり]みどり
サア御覧[ごらう]じろ御覧じろ

烏森[からすもり]の丸本お俊[まるもとおしゅん][こ]

先日伯父[おじ]さんがお死亡[めでたく]なッた時に
[わたし]も此の土地で新三河[しんみかは]新吉時分から久しく売た名義[なまへ]もあり
[こと]に俳優衆[やくしやしう]も喰飽[たべあ]きて
関取株の力士[おすまふ]とも華麗[はで]な浮名の立[たつ]た身で
[たつ]た一人の伯父の不幸に夜明前の差荷[さしにな]
其様[そん]な吝[けち]な葬式も出せないからと両肌脱[りやうはだぬぎ]の大奮発[おほはりこみ]
大層に金を掛け岩倉様以来復[また]と無い立派な葬礼を出したとやら
ウラ町での噂でござい

サテ其次[そのつぎ]は新富河岸[しんとみがし]での立[たち]ばなし
菊五郎[おとはや]の弟子の登美松[とみまつ]
近来めッきりと芸道の上達デハナイ
服装[みなり]がズット立派に成り洋服拵[ごしら]へも幾通りか
携具[もちもの]
までも吟味を尽して何処[どこ]の茶屋小屋へ入ッても
決して履物へ灸を据られる処[どころ]か下へも置ぬ取扱ひ
[あ]の容態でハ余程[よつぽど]の好貢人[いいみつぎて]があると見へる
ハテ何人[だれ]だらう

其次[そのつぎ]
ハまた新橋日吉町の流行妓[はやりつこ]よし田屋の山登[やまと]
浮名の歌妓[うたひめ]の新聞と新富の音頭舞踊[をどり]このかた頓[にはか]に売出し
日本橋から引越てより土着[はちぬき]の名妓[ねへさん]も及ばぬ程の忙がしさ
今度新富座の忠臣鏡[ちうしんかがみ]の劇場[しばい]にも御座敷筋と自前とで
都合三四度見物したが其の度毎に楽屋中不残[のこらず]へ遣ひ物の鮨[すし]の代が
[いつ]も小十円とは華麗[はで]稼業の芸妓[げいしや]には珍しからぬことながら
名を売る人は兎角[とかく]黄白[ものしろ]のキリ離れが肝腎[かんじん]

サテ終結[どんぢり]ハ些[ち]と怪談見えた寥味[すごみ]な噺[はな]
何でも江戸の真中橋[まんなかばし]辺へ毎夜[よなよな]青い燐火が燃立ち
時計台の家[や]の棟[むね]を飜然[ひらひら]と飛廻ると
近処[きんじよ]の噂を記者ハ笑ッて其様[そん]なことが有るものか
[それ]とも十六日の炎暑[あつさ]に息吹返した蛍殿[ほたるどの]
往来[ゆきき]の人の便利の為に丑満比[うしみつごろ]の刻限を見せる気で
車胤[しやいん]の読書摸擬[もどき]で長短針の在処[ありどころ]
明瞭[はつきり]と照らしたのか但しハ何か仔細らしい話なら探ッた上で又お通知[しらせ]

[も]一ッお増計[まけ]に或人[あるひと]が郵便函を題にして
迂鳴[うなり]たてた都々逸[どどいつ]


  入れりゃ直[すぐ]いく新聞投書
            やれば出すのが記者の役



★補注
【岩倉様】岩倉具視。【黄白】おかねのコト。【
車胤】蛍の光りで勉強をした例の偉人。


★色んな街の噂情報をずらーーーっと並べ立てたこちらの記事。
普通だったら細かく見出しがついて、1個1個掲載される形が普通なのですが
なぜか、ひとつの見出しの中にゴチャっと詰め込まれています(笑)

かいつまんでみると、芸者さんや歌舞伎役者さんの噂+不思議なおばけの話題で、
魯文シショーなどの戯作者出身の新聞屋さん達がターゲットにしていた
ごひいき筋の好む材料がおのずと見えて参りまスネ。

明治になっても、おおよそ20~30年代ころまでは
こういった傾向の記事主体の新聞が、一般の街のひとびとに好まれていたようです。

松山幸吉先生著

『きゃうと』

全弐冊 紙数凡六百頁 最上和紙 名所古跡図画四十余枚挿入(諸名家筆) 着色木版
製本寸法竪六寸横四寸 優美なる和風 正価金八拾銭市外逓送料金六銭


(名所と美術の案内)

●本書は京都名所(江州及び丹波等之名勝も添ふ)本邦美術(京都神社仏閣に蔵する什宝を記し東洋一般の美術に及ぶ)を内外人に指示するに在り

●本書〔第一編〕には京都史。皇居史。美術史。を掲げ〔第二編〕には京都市内及び近傍の名所〔第三編〕には遠方の名所〔第四編〕には絵画。彫刻。漆髹。陶器等の沿革由来を示し次に各美術家の伝を記したり〔第五編〕には滊車。人力車。電気車。旅亭。料理店。郵便電信。通運会社。銀行及び諸会社。諸工場等をあげ凡そ遊覧者に必要と認むる雑事は細大洩さず此編に収めたり。

本書の特色
古今有名なる人の詩歌を加へて雅興をまし歴史文学に関する條には古今の典籍に徴して解説を附言し工芸美術に係はる所は亦詳細にその伝を添へ以て学者美術家の便を計りたり。

本書の特色
京洛有名の画伯が得意の揮毫に係る名所風色の画図四拾葉余りを書中に挿入したれば先生の名文と相俟て紙上に一層の光彩を添へたり加之懇に傍訓をさへ附られたれば児童も亦能く之を読みて其楽みに与る事を得千里の遠きに居るも山光水色を目のあたり見る心地せらるべし要するに繁に流れず簡に失せず高きに傾かず鄙しきに陥らずして花実共に備るは世に名所案内記多しと雖も蓋し本書の右に出るものなかるまじ四方の諸君幸に一本を購ふて其実を知り給へ

発行所 京都寺町通四条上ル書林 田中治兵衛

★明治28年4月10日
○東京花柳 昼夜登楼(まはりとうろう)

毎月第二第四月曜日
発兌一冊定価金四銭

右は娯馴染編輯人彩霞園柳香が重職にて日夜佳誌、お見喃志、雑女記等の欄を設け各花柳昼夜の景況を穿ち遊客芸娼妓の事情を掲載し或ひは滑稽諧謔或ひは雑報又諸通客粹士の寄書狂詩川柳独々一等まで凡そ通の通たる粹の粹たる趣向を蒐輯た好雑誌で芸巣

来八日第一号発刊
京橋弓町温故社内

仮宅 粹多楼

★明治15年10月7日
妖界東西新聞 妖界東西新聞 日刊紙だから まいにち更新中
和漢百魅缶wiki 検索用に。
プロフィール
雅号
氷厘亭氷泉(こおりんてい ひょーせん)
ほーむぺーじ
職業
イラストレーター、絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
新・妖怪党 党しゅ
自己紹介
ちッちゃかわいいキャラや、ドット絵、ゲーム系のイラスト、妖怪、和物など多岐色々に描いたり、紙もの、立体もの、デザインものなどなどグッズを造ったりしております。

氷厘亭氷泉
UPSOLD にてオリジナルグッズ展開中




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