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氷厘亭氷泉の活動やラクガキをいろいろお届けしているブログです。
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ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
天竺じゃないところからの輸入。「なんきんのかんごうちょう」さんです。

なんきんのかんごうちょう 南京の寒号鳥

南京わたりのふしぎな小さい鳥で、子猫くらいの大きさ。
綱わたりや棒のぼりの芸を仕込めたりできるといいます。



文化年間に見世物として出たものだそうですが、
実際は小さい蝙蝠(こうもり)を仕入れて来たものだったようです。



「かんごうちょう」(寒号鳥)はモトモトは仏典にあるもの。
その名称を用いただけのもので関係性はほぼありません。
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ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
小さい甲羅。「しろきっこう」さんです。

しろきっこう 白亀甲

明治17年(1884)3月、丹後の国の四辻村の
安田庄兵衛という鉄砲うちが熊野郡畑上の山の中で
うちとったというふしぎな怪獣。
足には鰭(ひれ)状のものがあって飛行することが出来たといいます。




体長は5尺くらいで重さは40貫目あまり、
目は大きくひかって、
背中の上には白くて小さな亀甲のようなものがあったそうですが、
どういった呼び名があるものなのかは
誰もわからなかったソウナ。






ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
とくに名前はわからない。「きぬみずかき」さんです。

きぬみずかき 絹水掻

明治15年(1882)に若狭の国の小浜の海で網にかかった
というよくわからないいきもので、
長さは8・9尺、絹のようなみずかきが四つの足のように生えてて、
するどい爪があり、全身は毛が生えてて鼠色だったといいます。



誰も見た事はなく、なにものであるか、
なんと呼ばれてるものなのかは
サッパリわからない異獣だったソウナ。










ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
1尺2寸ばかり。「ふぐにんぎょ」さんです。

ふぐにんぎょ 河豚人魚

明治12年(1879)3月27日に土佐の国の
安芸郡田野村の沖で捕れたことがあったという人魚。



顔は人間みたいに目鼻口が完備してて、
毛はもじゃもじゃ生えてて、歯は鼠みたいだといいます。


土地の言い伝えではときどき捕れたことのあったものだそうで、
「ふぐ」という呼ばれ方もあったらしいソウナ。






ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
うしちゃんのひぼし。「きちたろうのくだん」さんです。

きちたろうのくだん 吉太郎の件

大正2年(1913)の正月に広島で
金川吉太郎(かねがわきちたろう)・タケという中年夫婦が
見世物として出してたというもの。
絵看板としては一般の「くだん」(件=人面牛身)が描かれてたようですが、
実際はどこかで仕入れて来た仔牛を日干しにして乾燥させたもので、
開業早々、観に来た京橋分署の巡査から
「これはただの牛じゃないか」とおしかりを受けたソウナ。








ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
まっしろしろッ。「おらんだのびゃくり」さんです。

おらんだのびゃくり 和蘭陀の白狸

真っ白い毛でおおわれてるめずらしき狸で、
オランダから渡って来たという触れ込みで
文政4年(1821)に見世物にかけられたといいます。



大きさは猫くらいのもので、完全純白ではなく、
鼻のとこだけうっすら黒かったソウナ。





ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
鼻をつかってたべる。「ならのばく」さんです。

ならのばく 奈良獏

享保16年(1731)に見世物で出たことのあった
というふしぎなけもので、鼻が長くて
それをつかって食べ物を器用に食べたりしたといいます。
鼠色で犬くらいの大きさ、顔は狐みたいだったソウナ。



大和の国の橋水村で生け捕られたそうですが、
「獏」という呼び名は単に書物で絵に描かれるそれにかたちが似てるから、
といった理由で口上をつける際につけられた呼び名だったそうです。



ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
みなみからみなみから。「じゃがたらのやまあらし」さんです。

じゃがたらのやまあらし 爪哇の山嵐

じゃがたらから渡来したとされる
とげとげなふしぎなけもの。




オランダ渡りのやまあらしが田沼意次に献上されたとき、
その噂に乗じて展開された見世物に登場したもので、
実際はまったくやまあらしではない別の生き物を
それらしく生きたまま加工して見せてたそうです。
じゃがたらにいるというのは完全な想像上の口上。








ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
じゃがー。「だいじゃがたらじん」さんです。

だいじゃがたらじん 大爪哇人

日本から東南6000里の果てにあるとされる
「大じゃがたら」という島にいるとされるふしぎなひとびとで
体格に比して頭のすごく小さいのが特徴とされます。




見世物のびらなどにあるもので、大爪哇(だいじゃがたら)は
爪哇(じゃわ)を意識してつけられてる名称ですが、内容としては完全な想像のもの。
『甲子夜話三篇』にある例をみてみると、大じゃがたらから渡って来た
という触れ込みであったそうですが、見世物に出ていた人物は
実際は江戸のうまれであったし、看板も誇張が強くて、
そこまで小さ過ぎるというわけでも無かったというハナシ。






ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは 、
日本一の湖占領計画。「たいかいのわに」さんです。

たいかいのわに 大海鰐

近江の国につたわるもので、
おおむかし海から琵琶湖へ鰐(わに)がやって来て、
そこを占領してしまおうとしたのですが
琵琶湖に棲んでる鯉(こい)たちと大合戦をした果てに敗退し、
石になってしまったんだソウナ。





『今昔物語』では、山背国(山城の国)におちのびて
石になったとありますが、近江の国のどこどこあるのがその石だ
というものもいくつかあるようでバラバラな感じもあるようです。







さて4月の「和漢百魅缶」へのアップはじまりはじまりは、
ビッグ、いか。「かなやのおおいか」さんです。

かなやのおおいか 金谷の大烏賊

嘉永6年(1853)3月に上総の金谷に出たという
1丈7尺もあったという巨大ないか。



夜な夜な海を荒らして漁師の舟を
渦のなかに吸い込んだりしてたといい、
それをやっとのことで退治して捕ったものだ、
として江戸で見世物になったといいます。




『武江年表』にも、大きな烏賊が江戸で見世物に出たと書かれてますが
『藤岡屋日記』によれば、大きないかではあったものの、
暴れてたとか退治されたとかいった部分は興行の際に香具師が作ってつけたもので、
ふつうに上総から日本橋の魚河岸に入荷されたものの
売れ残っちゃった大いかだったというのが裏話だソウナ。








ほんじつの「和漢百魅缶」へのアップは、
赤いおとと。「たのたい」さんです。

たのたい 田赤魚

田植えの仕事がおこなわれてる時季に、「たい」を食べたりするのは、
田の出来が悪くなるえんぎがよくないものとされてたといいます。



「たい」と「絶え」の連想から出来てるそうで、
羽後の国などに伝わってる俗信にあるもの。
「たい」というのは鯛に限らず、赤い魚全般のことをさしてたみたいです。













プロフィール
■雅号
氷厘亭氷泉(こおりんてい ひょーせん)
■職業
イラストレーター
絵草紙&錦絵研究人
まんが描き
こっとんきゃんでい 主宰
山田の歴史を語る会 同人
新・妖怪党 党しゅ
■自己紹介
ちッちゃかわいいキャラや、ドット絵、ゲーム系のイラスト、妖怪、和物など多岐色々に描いたり、紙もの、立体もの、デザインものなどなどグッズを造ったりしております。

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